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株式会社竹森工業

TAKEMORI INDUSTRY CO.,LTD.

税理士の罠 昭和45年前後(24才前後)HEADLINE

走らんと欲せば先ず転ぶ事を学びなさい

 昔は母語っていた。 「都会は生き馬の目をくり貫くのなんか朝飯前のところだから気をつけなさい。」と

 昭和40年から税務申告は、亀戸の経理事務所に依頼していた。社長は元巨人軍の王貞治さんと同級生で、墨田区のグラウンドで一緒に野球をしていた仲間だと自慢していた。事務員2人を雇い、顧客は下町の酒屋、居酒屋、食堂、自営業などの零細事業者を何十件も持っていた。
 この社長はなかなかの野心家で自分でも商売をしていた。打ち合わせ等で事務所を訪れると私の知らない商売の事や事業の事、自分の将来の夢等を何時間もとうとうと熱く語って聞かせていた。
 昭和44年頃は喫茶店が流行り、開業すれば利益率が良いので資金回収も容易にできると商売人の間では注目されていた。また、当時は喫茶店のオーナーは社会的にも認知され、銀行は開店資金の融資を積極的に行っていた。税理士事務所の社長も1軒店を持ち、実弟に任せていた。私も開業すべく適当な場所を探したが仕事の片手間で思うように見つからず、顔の広い社長に相談した。社長は「良い場所が見つかったら即座に手付金を打たないと入手できない。良い場所は幾らでもあるから私に手付金を預けてくれれば探しておく」と言われ、100万円を預けた。
 何ヶ月経っても店の話をしないので問い詰めたら、何だかんだいい逃れ、その間にその社長の資金繰りに流用されていた。

 1年後、「江戸川に炉端焼きのお店を出すので、100万円はそちらの出資金にさせてほしい。開業資金が750万円かかるが、あと150万円出してくれれば共同経営者として迎えたい。この商売は大変儲かるので、迷惑かけた分の埋め合わせはすぐにできる。」と、言葉巧みに操られて共同出資にさせられた。
 開店して3ヶ月位は儲かっているから配当金は大分出せると語っていたのだが、翌月から逆に赤字が続いているので出資金に応じた不足分を出してほしいと申し入れがあったが、断った。
 半年ほどして店は閉鎖した。「出資金で迷惑を掛けた分、値上がり確実で自分が所有する富里の山林を、本来だと坪5万円だが安く分けてあげましょう。成田空港に近く、2期工事が始まると航空各社が社宅等を建設する場所で大きな値上がりが期待できる。既に向かい側の山林は小田急の開発が決まった。私も2〜3年経てば楽になる。迷惑を掛けた埋め合わせに、間違いなく坪10万円で引き取ります。」と持ちかけられた。
 結局、貸した者の弱みと経理事務所の社会的信用性を信じて購入、少しでも多く回収したいと願う心理をうまく利用され、弟の治まで巻き込んで被害を大きくした。その山林は今も手付かずである。
 この社長は新たに炉端焼店のチェーン化を展開、直営10店舗、チェーン店30ヶ所を数え、東京12チャンネルへ先代の貴乃花関をコマーシャルに起用して華々しく事業を拡大した。
 その後更に、葉山マリーナ買収を計画、手形のパクリ屋に引っかかって倒産した。
 後日談では、顧客で酒屋の女将、雑貨屋の旦那、食堂の親父さん等、顧客数十人と恩師の先生数人からは、退職金を何千万単位で出資させていたそうだ。返済を迫ると、理屈をこねては返さず、逆に少し大目の配当等を与えて信用させ、更に上積みして出させる手口で何十億円もの大金をかき集め、私利私欲を肥やした。この行為は詐欺罪で懲役刑にされるまで続き、そのために何十社も連鎖倒産、何組もの夫婦が危機に陥って離婚した。信じ難いことに実弟にまで自分の借金を背負わせ、最終的には彼を死に追いやった。更にこのために犠牲となってこの世を去った人は3人を数えた。 
−都会の人は怖い−



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