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株式会社竹森工業

TAKEMORI INDUSTRY CO.,LTD.

有限会社設立 昭和44年7月(23才)HEADLINE

人間には同じ考えを持つ人に出会うとき、語らずとも魂の交流する時があります
その瞬間は魂が震えるくらいの感動が襲ってくるものです

 昭和43年から44年にかけて喜ばしい出来事が続いた。まず第一は、予てからの念願であった法人組織の「有限会社竹森工業」を44年7月に設立、社会的信用力は大きく増し、業界で羽ばたく準備が整ったこと。第二に父が「おまえ独りではない、兄弟力を合わせて頑張ってみろ!」と送ってくれた強力な助っ人、弟の治が修行3年目にして親方として自立できた事である。小山都市ガス向けの1,000M3有水式ガスホルダー工事現場において、自分より数段歳上の先輩職人を苦労惨憺しながらも動かし、これを見事に完成させた記念すべき年でもあった。何十年掛けても自分で纏める事はなかなかに難しいこと、これは誠に快挙であった。これを期に、小さい仕事は私と治班に分かれて廻れるようにり、競争能力は倍増した。
 この時代は受注客先を多く持ち、力のある顔役がブローカー的存在で、個人事業主として仕事を受注していた。自前の組を抱えている業者は自分のところで工事を施工し、仕事量が多いと契約している他の「何々組」の親方に、手数料を取って下請けさせていた。私も何人かの仲介業代表と契約を結び仕事を廻して貰っていた。
 それでも時代は徐々に変化の兆しが表れ、大型物件や安全に厳しい客先は、組織が確立され責任能力のある“会社対会社”“企業対企業”の取引を重要視する傾向へと向かって行った。 仕事の流れは顧客から “製造メーカー” 或いは “エンジニアリングメーカー” が工事を受注して元請けになり、そこから下請け、孫請け、ひ孫請けの順に発注される。この段階で受注できれば相当力のある企業であった。そこから更に仕事内容を分離分割して段階的に下の業者に発注され、最終的には下請け10番目に当たる場合もある。
 当然「竹森組」も下請けの5〜7番当たりにランクされ個人対個人の取引には限界を感じていた。組織と取引するには組織で対抗しなければ将来の発展は望めないと判断、製缶・溶接業として資本金100万円の「有限会社竹森工業」をここに設立した。このとき従業員は8名であった。

 昭和44年8月6日午前10時、本所カトリック教会に於いて結婚式を挙げた。妻は弘前出身で見合い結婚、仲を取り持って下さったのは矢幅將夫社長令夫人、政子奥様のご紹介であった。
 奥様は自宅の2回で編物教室を開き、幾人もの生徒さんに教えていた。私も松本の現場を境に矢幅工業所のお世話になり、見積りや打ち合わせ、集金等で自宅へ再々お邪魔し、その都度、奥様の愛情のこもった手作りの美味しいお料理をご馳走になっていた。
矢幅さんは対外的には大変厳しい性格を持っていたが、家に帰ると優しい奥様に甘え、駄々っ子の一面を丸出しにして我がままいっぱいだった。私達がお伺いすると、奥様が生徒さんを指導中でもお構いなく「政子〜、政子〜。」といつも大声で呼んでいた。その都度、私が気を揉んで「結構ですからお構いなく」と、矢幅さんに頼んでも奥様が降りて来るまで呼び続けていた。奥様は何度呼ばれても「ハ〜イ、ハ〜イ」と階段を下りてこられ、「今度は何ですか〜」と嫌な顔ひとつせず、いつも笑顔でお世話して下さった。
 4月の中旬頃、若い子達を大勢抱えて自炊をしながら仕事をやっている私の日常を労わりながら、「竹森さんは1人で大変でしょうね。私の生徒さんに良い子がいるので一度会ってみないですか?」と勧められ、新橋の「新橋亭」で矢幅さん夫妻の立会いの下、美味しい中華料理をご馳走になりながら見合いが行われた。
 その後、しばらく交際して結婚が決まった。8月はとても仕事が忙しく、2人だけで挙げる式に、ご多忙な矢幅さんご夫妻をお招きしては誠に失礼に当たるのでは、と悩んだ末、やはりご迷惑を掛けることになるだろうと判断、ご招待はとりやめた。式は本所カトリック教会の信者の方に代父と代母の保証人になって頂き、下山神父様の司式で2人で挙げた。式が終わると、その足で皆が仕事をしている小松川の大成鉄工に行って夕方まで仕事をした。(後日、矢幅さんに遠慮して結婚式に呼ばないことも逆に礼を失する行為に値すると諭され、自分の常識の欠如を恥じた。)

 次の日の朝4時には新潟県の直江津現場に向かった。結局、新婚旅行には行けなかったが、女房の「結婚式の証拠写真だけでも撮って」の要望に答え、結婚記念写真だけはしっかり撮っておいた。
 その後何年にも亙り、矢幅さんご夫妻にはご指導を賜り、今日の竹森工業の礎の元は矢幅さんご夫妻なしには語れない。お2人は生涯の大恩人である。 −感謝− −合掌−



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